日時 | 5月24日(土)13:30~ |
---|---|
テーマ | 上海歴史探訪:上海に残るユダヤ人の遺産ツアー |
講師 | プライムインターナショナル ジャパン 島根 慶一様 |
場所 | 上海市内 |
天気 | 曇り |
概略日程 | PM13:30 ガーデンホテルに集合/出発 Ely Kadoorie卿の建てた嘉道理公館(現、静安寺の中国福利会少年宮)バス移動 Sir Jacob Sassoonの建てた西摩路会堂(現、上海教育委員会)バス移動 上海ユダヤ難民博物館(Ohel Moshe Synagogue 旧所)バス移動 霍山路と舟山路の建築群(第二次世界大戦中ユダヤ人難民多く住んだ所) 霍山公園(ヨーロッパからのユダヤ人難民がここに集まりしばしの急速を得た場所) 百老匯大戯院、太平洋珈琲館などを見学後バスにてガーデンホテルまで戻り解散。 |
出席 | 29名(SBF会員及び上海東方和平国際旅行社のお客様) |
プライムインターナショナル
ジャパン 島根
慶一様の書かれているコラム“上海歴史、発見!” をご覧になっている方々から実際の史跡を案内してほしいとの要望があり、今回から5回の予定で島根様が上海の遺産を尋ねるツアーを企画していただけることになりました。
第一回上海歴史探訪“上海に残るユダヤ人の遺産”ツアーが5月24日に開催されました。
「上海は近代史の宝庫、歴史背景からそこに暮らした人たちのドラマを掘り起こし、現地に残されている建物旧跡を訪ねていくと世界中にこれほど魅力的な街はない」とおっしゃる島根様の今回のツアーは、ふだんあまり観光では訪れることがない場所を案内したいということでユダヤ人遺産をめぐるツアーになったようです。
1800年後半に上海を訪れたユダヤ人たちは、貿易や銀行、運輸、公共事業などで大きな富を築き現在の上海の礎を築き上げました。
彼らが建てた壮大で豪華な建物は、上海に現在も数多く残され当時の繁栄振りを垣間見ることが出来ます。
また、第二次大戦中迫害を逃れ、たどり着いた3万人ものユダヤ人難民は苦難の時期を肩よせあってここ上海で過ごしました。
見学地の資料をご用意いただき、バスの中で時代背景やそこにかかわった人たちのお話を聞きながら最初に到着したのは1924年にエリー・カドゥーリ一が私邸として建てた嘉道理公館(延安西路64号)。
敷地1,500㎡、2階建て20室を要する建物は、すべてイタリアから運ばせた白い大理石があらゆるところに惜しげもなく使われ、中でも宴会場は天井までの高さが25m幅50m長さ25mもあり宮殿のような豪華で緻密な造りは当時のエリー・カドゥーリ一の繁栄振りを今に伝えています。
現在は1953年に宋慶齢により創設された中国福利会少年宮として使用され、土曜、日曜には多くの子供たちがここでバレーやいろいろな学習にいそしんでいます。
次に訪れたのは陝西北路にあるジェイコブ・サッスーンが彼の妻レイチェルのために建てたユダヤ教会“西摩路会堂”(THE
OHEL RACHEL SYNAGOGUE)。陝西北路500号
バスでの移動中この建物は現在上海市教育局の一部として使用されており、島根さんが内部を見学できるように現地で交渉したそうですが、建物はユダヤ人でさえ年に数回の行事以外は入る事が出来ないので外観を見るだけとの事でした。
しかし、現地に到着すると担当の方が内部の見学を許可してくれ、島根さんもこの対応にびっくり、たぶん最近になってこの建物に入った日本人は我々だけだろうといっておられました。
ツアーが終わった後、個人的に伺った話では見学交渉に出向いた際に高級ワインを持参し、これが功を奏したのではないかとの事でした。いずれにしても島根さんの準備のおかげでわれわれも内部見学の機会をいただき貴重な体験をさせていただきました。
さて、中に入ると第二次世界大戦中のユダヤ人難民の展示がされていて、当時上海に逃れてきた難民たちの生活状況が写真と共に掲示されていました。リトアニアでドイツの迫害を受けているユダヤ人難民へビザの発給をして多くのユダヤ人を助けた杉原千畝(ちうね)も写真付きで紹介されていました。
第二次世界大戦中日本の占領時には、なんと軍の馬小屋として使用され荒れ果てたためにその後も倉庫などに利用されてきたということでした。
建設当時の西摩路会堂は、上海で最高の富裕層が集うにふさわしい大変豪華な内装が施され、単なる礼拝所ではなくユダヤ人社会の中心であったようで現在も祭壇や天井などに当時の趣を残しています。
西摩路会堂でユダヤ人難民の展示を見たあとは、第二次世界大戦中にヨーロッパのホロコーストから逃れてきた3万人ものユダヤ人が暮らした虹口区の長陽路にある摩西会堂(上海ユダヤ難民博物館)に移動。
ここはロシア系ユダヤ人が建てたユダヤ教会で、戦時中ユダヤ難民は宗教行事のために集まった場所とのことです。
ここには基礎石などしか残っていなかったようですが、2007年に市の記録保存所で発見された設計図に基づき1928年当時教会として利用されていたときと全く同じ様式で再建され一階の教会部分には当時の設計図が展示されています。
庭にある展示館では、上海のユダヤ難民の生活を記録した当時の映像なども上映され、展示物と共に上海で暮らしたユダヤ難民の貴重な記録を見ることが出来ます。
その後、この摩西会堂の周りにある多くのユダヤ難民が当時暮らした霍山路と舟山路の建築群(欧州古典様式の複合建築)、旧ユダヤ難民収容所、無国籍者の指定区域の記念碑ある霍山公園などを徒歩で見学して回りました。
その後バスにて出発地のガーデンホテルに帰り解散となりました。
今回のユダヤ人遺産のツアーは、経済的に大成功を収め上海に大きな足跡を残して発展に貢献した富豪ユダヤ人の遺跡、また迫害を受けて上海に非難してきた多くのユダヤ難民の歴史に触れることが出来、ふだん上海での生活の中では経験できない貴重な体験でした。
今回のツアー見学地の詳細はSBFホームページ“上海の歴史 発見! 第18回”をご覧になってください。
さて、次回は皆様もよくご存知の、宋三姉妹の足跡をたどるツアーになるようで大変楽しみです。