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錦江飯店北楼(Cathay Mansions)と貴賓楼(Glosvenor House)

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第26回 2009年06月

北楼全景

錦江飯店は、よく知られた上海花園飯店(Garden Hotel Shanghai)と茂名南路を隔てた向かい側にある。赤煉瓦に白い縁取りをした、威風堂々とした英国風ゴシック様式の建物は、マンハッタンのセントラル・パーク周辺に置いても全く違和感なく見えるだろう。その上品で洗練された姿は、様々なデザインの建物に溢れる上海でも、ひと際目立つ存在である。これはCathay Mansions・華懋公寓(現・錦江飯店北楼)と呼ばれ、都市のアパート生活が未だ上海で目新しい時代の1928年に、サッスーン財閥の4代目の頭首・Victor Sassoonが建てた豪華マンションだったのだ。

北楼前庭

Victor Sassoon卿は、他にCathay Hotel(いまの和平飯店)など多くの主要な不動産を所持していた。彼は米国の摩天楼を見て刺激を受け、英国の Albert & Companyに13階建てのアパートメント・ホテルの建築を依頼した。しかし湿地帯で有名な当時の上海には、それ程高いビルが建ったことがなかった。それはビジネスでも競馬でも、勝負師であったビクター自身が敢えて挑んだ賭けであった。成功の可否は、軟弱な土地がそれに耐えられるかどうかにかかっていた。

北楼ロビー

その賭けは、Victor Sassoon 卿の賭けが大部分そうであったように、素晴らしい大成功を納めた。地盤は確かに建物を支えたのだ。(しかし現在、地盤は2mほど沈下しているのがロビーへの下り階段をみると分る。)優美なゴシック調化粧煉瓦造りのCathay Mansions は、最高級の土地となった。それは間違いなく、一にも二にも場所がよかったからだ。

キャセイ・マンションの場所は Cercle Sportif Francais (フレンチクラブ、現オオクラガーデン・ホテル)の真向かいにあり、直ぐ角にはアマチュア演劇クラブの劇場・Lyceum Theater(現、蘭心大戯院) があった。蘭心のバー、Green Room は流行のスポットだった。フレンチクラブはフランス人設計家・アレキサンドル・レオナールとポール・ヴェセールにより、2年前の1926年に竣工した。フレンチクラブにはSportifという誤解されやすい名前が付けられていたが、それはスポーツ・クラブではなく上海一の社交場であった。70名と限定されていたとはいえ女性会員が、さらには一部の中国人も会員を認められた最初のクラブであった。クラブは屋内プールと幾つものテニスコートを備え、多くのプレーボイも引き付けるフランス租界きっての人気スポットだった。

北楼11階

Cathay アパートは正に新しい生活様式を象徴するものだった。各部屋には厨房がなかったので、居住者はみんな11階の広いダイニングで食事をした。  

錦江飯店クレスト

Sassoon Company はCathay Mansions の成功を得て、次々にアパート経営に乗り出した。それは上海の企業家が職員を住まわせるため、寿司詰めのマンションを自ら建設しないで済むようにと計画したものだった。キャセイ・マンションや Cathay Hotel(現・和平飯店、1929年竣工) の他に、茂名路と淮海路の角に建つ Cathay Cinema (国泰電影、1932年)、福州路と江西中路の角に建つ Metropole Hotel、都城飯店 (現、新城飯店1933年)、その向いのHamilton House (現、福州大厦1935年)、北蘇州路の Embankment House(現、河浜大厦)など次々に建設し、上海の都市景観を変えていった。

貴賓楼全景

Cathay Mansions は大成功を納めたので、サッスーンは1935年に英国の建築会社、Palmer & Turner に更に豪華な18階建ての建物を発注した。これは大きな庭を持つ Grosvenor House (峻嶺公寓、現・錦江飯店貴賓楼)だ。中央の塔から建物を抱きかかえるように伸び、段差のあるアールデコ風の翼が張り出している優美な建物だ。

この建物の特徴は、高い天井、豪華なアールデコの電灯、足が動物の爪の形をしたバスタブ、磨き抜かれた寄木細工の床にあった。今は室内も近代的に改装されたが、残念なことに、営業スペースを拡張するため改装段階で、暖炉やサンルーム、ベランダ、使用人用離れや階段などの優れた設備の幾つかが失われた。建物の前の庭園はその後狭められたが、いまだ十分な広さの芝生を備えている。

峻嶮公寓

また、Cathay 建築群には Rue Cardinal Mercier (現、茂名南路)に建つ六角形の低層のGrosvenor Gardens(峻嶮公寓、現・峻嶮楼―1935年竣工)があった。これらの低層階アパートは賃料が安く、場所の良さから便利で人気があり、中級クラスの外国人が住んだ。アパートはダイニングルーム、居間、オープン形式の書斎、寝室2部屋、浴室2、大きな台所と最上階に使用人部屋があった。大きな窓と寄木造りの木製の床、それに高い天井からシックでモダンな電灯が下がっていた。これらはエレベータなしのアパートで、一階はRue Cardinal Mercier(現、茂名南路)に面しているのでブテイックが入居していた。ここの家賃は他の建物より安かったが、道路を隔てた向かいにフレンチ・クラブや、隣接してCathay Cinemaがあったことで人気が高かった。更に最上階には使用人部屋があった。それでもここは“一般住宅”と呼ばれ、他は“高級住宅”といわれたのだ。

錦楠楼ロビー

1949年上海はVictor Sassoon がニューヨーク滞在中に共産中国により開放され、彼の資産は政府管理に移された。彼はその後上海へは戻らなかったが、彼の資産は上海に残こされた。上海が外国要人の宿舎を必要とした時、Cathay Mansions に一人の女性の名経営者・董竹君が登場した。

上海初の女性経営者・董竹君

董は1900年上海に生まれたが、13歳の時父親の借金のかたに妓楼に売られ歌手として働いた。15歳の時、27歳の革命家・四川省副都督の夏之時に身請けされ彼と結婚、共に日本へ留学した。彼女は女子高等師範大学(現・御茶ノ水女子大)を卒業後、夫の故郷・四川省へ帰った。しかし董は夫の生活態度(大酒飲みでギャンブル、女好き)に嫌気がさして離婚、上海へ戻り繊維工場を設立した。それは上海で女性が行った最初の事業であった。彼女の工場は日本軍の侵攻で爆撃されたが、彼女は上海に踏みとどまり、四川省で得た貯えを使って1935年錦江四川料理店を開いた。彼女は自ら料理長を務め、更に1年後錦江茶楼を開設した。彼女は女性経営者の先駆者であり、女性解放運動の先駆者でもあった。

北楼玄関

1949年、董はCathay Mansions の総経理に任命され、迎賓館としてのホテル経営を始めた。1950年彼女のレストランと茶楼(錦江飯店)はCathay Mansions の11階へと移され、その後ホテルの名称自体が錦江飯店と改名された。

以来人名辞典に載るような政治家、英国サッチャー首相、前米国大統領ドナルド・レーガンからキューバのフィデル・カストロに至るまで、みな貴賓楼に滞在した。だが錦江飯店に最も関係の深い名前は、故周恩来首相と故米国大統領リチャード・ニクソンである。理由は、1972年歴史的な「上海コミュニケ」が1952年建築の錦江飯店Grand Hallで調印され、それは中米国交回復の最初の一歩となった。1972年日中国交回復のため訪中した田中角栄首相も貴賓楼に宿泊した。

貴賓楼エレベーターホール

その後グロヴナー・ハウス(貴賓楼)は、カナダ総領事官邸として利用され、他のカナダ人外交官宿舎としても使われた。以前は上海に来た日本のビジネスマンも、洋風宿舎が不足していたため、ここに住む夢のような経験を持つ人も多くいたのだ。

錦楠楼全景

Grosvenor Gardensに続く南側・淮海路側に、錦江飯店南楼と呼ばれた三つ星ホテルがあった。どこまでも続く薄暗い廊下の先に、古めかしい食堂と、とても錦江飯店の一部とも思えない薄暗い部屋があった。これらは2005年に全面改装が行われ、驚くべきことに、豪華な五つ星の錦江楠楼に生まれ変わった。

錦楠楼ロビー

南側のツインの部屋は匯海路沿いに建つ建物の裏に面しているためブラインドで覆われているが、北側のダブルの部屋からは、広々とした芝生の庭を隔てて、貴賓楼や隣のガーデンホテルのタワーが見渡せる。大きなダブルベッドにバスタブとシャワー・ルームの両方を備えた部屋は、五星の外資系国際ホテルのどこにも負けない豪華さである。ゆったりとしたロビーの一角には、中曽根元首相を始め錦江飯店に宿泊した歴代のVIPの写真が並んでいる。正に錦江飯店でもっとも近代的で寛げる棟となった。

貴賓楼スイート

現在、低層階のGrosvenor Gardens はブテイックとなり、錦江飯店北楼は過ぎし日の長い歴史を物語る。Grosvenor House(貴賓楼)は威風堂々とした昔の面影を残し、今も著名な企業家や外交官、ジャーナリストなどが宿泊する。更に近年加えられた錦楠楼が、錦江飯店の新しい歴史を刻み始めている。それらは、故郷・バクダットを追われ、遠く上海に辿り着いたサッスーン一族の偉大な記念碑であり、今も私たちに一族の栄光と阿片貿易にまつわる影の歴史を思い起こさせるのだ。

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