ハルピンと東清鉄道100年史②

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第35回 2010年10月

ウラジオストック駅

東清鉄道の本線区間は、満洲里からグロデコヴォ間1510キロであるが、シベリア鉄道と連結するために、ロシアは1901年西側のキタイスキ・ラズエズトー~満洲里を結ぶザ・バイカル鉄道(355キロ)を建設。更に東側でハバロフスク~ウラジオストック間のシベリア鉄道に接続させるため、1903年綏芬河~グロデコヴォ~ニコリスク・ウスリスキー間のウスリー鉄道107キロを完成させた。

旧ロシア帝国満州里領事館

一方南満洲支線は、ハルピン~奉天~瀋陽~大連の772キロが1903年に完成する。これにより、東北地方をT字形に縦断する東清鉄道は、全長2437キロ。シベリア鉄道と直結して黒龍江省、吉林省、遼寧省の三省を通過する一大鉄道網が完成した。それは正にロシアが中国東北部の経済、政治、軍事的を支配する最も有力な手段となったのだ。全線開通は1893年7月、日露戦争が勃発する半年前であった。

満鉄本社 大連

 1904年2月6日、中国東北部の領有を争う日本と帝政ロシアの日露戦争が、遂に勃発した。それは正に、起こるべくして起こった戦争であった。結局戦争はロシアの敗北に終わり、1905年“ポーツマス条約”により、長春から大連・旅順に到る中東支線は、一括して日本に譲渡されることとなった。以後この路線は、一般に“南満洲鉄道(満鉄)”と呼ばれることになる。長春以北の東清鉄道は中東鉄路と名前を変えた。長春以南では、帝政ロシアが享受していた行政特権は、宗主国・清朝政府の意向を無視して、ほぼそのまま日本が継承することとなった。

旅順駅

 1917年、ロシアに十月革命が起こり、財政難に陥った露清銀行はフランスから6500万フランの借款を受け入れた。これは資本金の7割を占めるものであった。その経営権は、中国に亡命してきた白系ロシア人の支配下に置かれた。それは北洋軍閥政府が、列強の帝国主義的な威嚇の下で革命ロシアを承認せず、露清銀行と“東省鉄道合同管理”条約に調印したからであった。1918年~20年春まで中東鉄道は、日本、米国、フランス、イタリアの武力干渉の下で“国際管理”下に移された。更に1920年以降も、中東鉄道は依然として白系ロシアの勢力が統括するところであった。

 1932年満洲事変により満洲国が成立すると、中東鉄路はソ連と満洲国の合弁事業となり、その名称は“北満鉄路”となった。1935年3月ソ連は1億4千万円で北満鉄路全線の権利を満洲国に売却し、満洲から撤退した。こうして旧東清鉄道は満州国鉄道となり、経営は満鉄に委託された。軌道の幅もロシア建設当時の1520mmから満鉄の標準軌:1435mmに改造された。1934年運行を開始した特急アジア号は、ハルピンまで延長された。また長春で積み替えが必要であった大量の鉄道貨物も、直接ハルピンまで運ばれることとなった。

アジア号

一方ソ連は、ウラジオストック~ハバロフスク~黒龍江沿岸を通る大回りのシベリア鉄道を利用せざるを得なくなった。

 1945年ソ連は抗日戦に参戦。満洲に侵攻して北満鉄路、南満洲鉄道を接収し、これらを併せて長春鉄道とした。更にソ連は蒋介石と“中ソ友好同盟条約”を結び、同鉄道の30年間共同使用することを認めさせた。

旧満鉄本社

 しかし1945年共産政権が成立すると、翌年同盟条約を改定し長春鉄道の中国返還が決定した。

東清鉄道の関連施設は上海にもあった。1896年外灘15号に建設された華俄道勝銀行上海支店がそれである。しかし1926年に倒産。その建物は国民党の創設した中央銀行に引き継がれ、今も中山東一路15号に中国外匯交易中心として堂々とした姿を残している。

露亜銀行横浜支店

満鉄の上海事務所は、外難の横浜正金銀行(現・中国工商銀行)の中に置かれていた。日本にも横浜に、露亜銀行横浜支店があった。これは露清銀行とフランス資本・バンク・デュ・ノールが合併して1919年に設立された銀行で、中区山下町にある旧警友病院別館がそれである。1921年ごろ建てられたネオ・バロックの建物は、今にも解体されそうな廃屋となって哀れな姿を本町通りに晒している。今その歴史を知る者はほとんどいない。

ハルピン中央大街

 今日、中国侵略の手段として列強が敷設した中国内の鉄道は、満州国鉄道を含めて、全て中国国民に返還された。それは我々に、列強に抗して帝国主義の道を辿った我が国の歴史と、その空しい結果を思い知らせる。「坂のうえの雲」は、列強と争って領土拡張戦争に身を投ずることで、近代国家の建設に生きがいを感じた楽天主義時代の幸福な人々の物語であった。

シベリア鉄道

いつの日かシベリア鉄道を辿ってみたい。ウラジオストックからハバロフスクへ。更に広大なシベリアの大地を抜けてバイカル湖へ。帰りは旧東清鉄道を辿って、満州里、チチハル、ハルピン、長春、瀋陽、大連へと戻ってくる。恐らく叶わない夢と知りつつ、数々の歴史ドラマを生んだこの鉄道に胸が熱くなるのを覚えるのは、私だけであろうか。

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